ホラー映画界のホープと『新耳袋』コンビの出会い
木原 今年の2月にBS‐iで放映された『怪談新耳袋』。タイトルでお分かりのように、『新耳袋』のエピソードを完全映像化した怪談ショート・フィルムです。これが今度ソフト化されることになりました。『リング0』の鶴田法男監督をはじめとして、強力な演出力の面々が集結した力作です。実は、監督の中でも清水崇監督と『新耳袋』は浅からぬ縁があります。
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清水 崇
1972年生まれ。映画監督。『富江re-birth』『呪怨/劇場版』など。『呪怨2』は8月公開予定。ハリウッドで『呪怨』のリメイク版が進行中。 |
清水 僕は学生時代から『新耳袋』の読者でリアルタイムで読んでいました。その頃、実話であれ小説であれいろんな怪談に飽きてたんです。たまたま本屋で『新耳袋』を見つけて、何だこれは? あの『耳袋』と関係あるのかと思いながらめくってみた。そうしたらタイトルの付け方がいい。「白い人」とか。早速買って、次が出るのを楽しみに待っていたら……なかなか出ない。
中山 第二夜まで8年かかった。で、もともと怪談が好きだった?
清水 読むのは大好きでした。でも映像で見るのは、中学になって友達に勧められてからです。なんでわざわざ怖いものを見るのかと。
木原 『呪怨』で『新耳袋』の中のヴィジュアル・イメージを使おうと思った根拠や動機は何でしょうか。
清水 とてもリアルに取材して書かれてるじゃないですか。そこですね。フィクションを映像にする時リアリティを構築していく作業が必要になるんですが、『新耳袋』は元ネタにリアリティがあるのでそのまま生かせる。いろいろ使わせてもらいました。
木原 話を使ってもらった怪談映画が高評価で受け入れられて海を渡り、ハリウッドでリメイクされるなんて、こんな有り難いことはないです。しかし、高橋洋さんの『女優霊』があった後、ここ2、3年の怪談映画の進化は凄まじい。
清水 いろいろと模索はされてきたと思います。脚本家の小中千昭さんにしても鶴田法男監督にしてもそうですし。マイナーなホラーマニアの間での動きだったのが、今になってやっと花開いたという感じですね。
中山 僕なんか『女優霊』を見てこれだと思ってね。ちょうど雑誌『ムー』で対談の企画があったんで、高橋さんの名前を挙げた。そうしたら向こうも会いたがっていた。高橋さんは手垢で真っ黒になった『新耳袋』を持ってきてくれてね。こりゃ、読み込んでくれてるわと。
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| 木原浩勝 |
木原 あんなに読み込んでる本を見たのは、京極夏彦さんか高橋さんか清水監督かってぐらいです。
清水 最初、僕をお二人に紹介してくれたのが高橋さん。何かの話で、「『新耳袋』のお二人を知ってるんですか」と言ったら、「清水くん『新耳袋』読んでるの?」「勿論ですよ」と。それがきっかけで打ち合わせに呼んでもらった。
木原 高橋さんが、「清水くんは『新耳袋』の旧版持ってるんだよ。ただ者じゃない」と妙な評価をしてました。
清水 僕がいた映画美学校は、高橋さんや黒沢清監督が講師をやってる学校なんです。だから最初、高橋さんも「怪談ネタ持ってきて喜ばせようと思ってんな」ぐらいに思ってたらしいです。でもあの打ち合わせで、旧版持ってるぐらいなら本当に好きなんだろうと妙に納得してもらった。
見せるべきか見せぬべきか――怪談映像の方法論
木原 清水監督と初めて仕事したのが携帯電話の怪談サイトでした。演出は清水監督、監修は高橋さん。あれで今も続く黄金コンビが誕生した。
清水 あれは試されてるって実感しましたね。完成したその日のうちに「Vシネマやらない?」ってホラー二本立ての話が来ましたからね。「好きにやっていいからやらない?」と。幸運でした。
木原 『女優霊』の高橋洋が求めた構造が、近年の怪談映画のスタンダードになった感がありますね。恐ろしく映画の造詣が深い彼が求める個性によって今までの怪談と違ったものが撮れるのではないかと。
清水 見せない怪談の方法論は、高橋さん、『リング』の中田秀夫さん、小中さんがさんざんやってきていたし、メディア的にも『リング』で頂点に達した気がしていたので、下の世代の僕としては逆に見せる方法論でやるしかないと。
木原 その時点で「見せて怖くする」方程式が成立した。『女優霊』と『リング』ときて、しばらくこの流れが続くかと思われていた中で清水監督の登場で流れが塗り変わった。
清水 覚悟はあったんですよ。見せつけて怖がらせる以上、笑われることもあるだろうと。
中山 ちょっとツボ外すと大笑いですからね。笑いと恐怖は紙一重。
清水 『新耳袋』にもそういう話があるじゃないですか。
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| 内山理名は清水監督3作品に主演。シリーズの顔を務めた。 |
木原 それはもう確信犯で。さっき「見せる見せない」の話があったけど、僕らが90年に『新耳袋』を出した時には幽霊が登場するのが怪談だったんです。もう力業で幽霊が事情を全て説明してくれる。私はこれこれこういう事情でここに現れて……ってよく話す幽霊だなと(笑)。その姿も冷静に観察しすぎでしょ、っていうぐらい実体的幽霊の描写が多い。
清水 後で調べて分かったのだが……といかにもな「注」があったり。
中山 そんなの調べようがないっ!
清水 だけど『新耳袋』を読むと、おお、そこで終わりかよ、みたいな。逆に調べてくれよって言いたくなるぐらいぞっとさせられた。怪談ってこれでいいんだと思いましたね。
木原 最初の頃の『新耳袋』は幽霊が登場する話はほとんどありません。取材をしていると、幽霊をはっきり見たと言う人はそんなにいないんです。基本的にぼやーっとした何かを見たというだけ。だから、これが最も本物の目撃談に近いんだと確信を持って本を作れた。それを清水監督が受け取って、幽霊を見せるほうに返してくれた。ここ何年か、怪談は「見せる見せない」のせめぎ合いで、まるで空想と実態・文章と映像で表現を競っている。映像に文章が勝てない場合と映像が文章に勝てない場合と二通りあると思う。
清水 ありますね。『新耳袋』が出回ったことで、普通の人が日常の怪異に気がつきやすくなったと思うんです。今まで見落としていたようなことでも、あれさっきの変だよねと。そういう感覚って普通に生活してたら鈍くなりがちじゃないですか。
木原 『新耳袋』の日常怪異談の多くは、他の怪談本には載りにくいです。
清水 そこにあえて突っ込んでる。
木原 日常からちょっとズレた点に現れるのが怖いんですよ。
清水 あくまで断片。
木原 それが分かっている人物だから撮る前から注目していた。君は絶対に伸びる。映画を撮る時には宣伝と広告は引き受ける。対談の相手に困ったら呼んで、と買ってたでしょう(笑)。ところで、劇場版『呪怨2』がクランクアップし、『呪怨3』もスタンバイ。さらにハリウッド版もスタート。今後も、日常の位相から少しズレた恐怖の場面が作品にちりばめられていくわけですか。
清水 『新耳袋』第何夜のこの話を使いたいんですが、とお願いすることになると思います。
『怪談新耳袋』の裏話 映像編集中に異変が?!
清水 今回『怪談新耳袋』で初めて監督をやられた感想はどうですか。
木原 原作者は自分の原作にインスパイアされないと強く感じました。まず体験者の話を聞いて、次に怪談として語って、さらに原稿にして、直して……。いっぱいあった鍋の素材をエキスにまで煮詰めて、それを今更どう変えるんだという問題です。他の監督の作品を見て感心したのは、原作をこんなにシフトできるんだってこと。ある意味、原作者としてはショックでした。
清水 今までお二人が省いてきた細かい要素を映像として有効に置き換えられるってことですか。
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| 中山市朗 |
中山 原作者が映画に手を出すと失敗するといわれますけど、今回それはなぜかということがよく分かった。自分の書いた作品を大胆に脚色することができないんです。どうしても原作に固執してしまう。
木原 他人の原作だったらもっと臨機応変に面白くできたと思います。原作者としては、清水監督がやったように、ばらばらの話を内山理名を使って一本の話につなげるという発想も絶対に出てきません。
清水 今回、自分の作品は他の監督作品と一緒にオムニバスの中の一本としてTVでオンエアされたじゃないですか。そういう状況で自分の作品を見る人に「あれ?」っていう瞬間に出くわしてほしかった。それと見る側は、誰が出てるかを気にすると思うんですよ。こういう作品は、本当は無名の人を使ってドキュメンタリータッチで撮るのが理想的なんですが、それでは商業的に難しい。そこで短編を続けて見た時、「あれ?」と思ってもらうことがドキュメンタリー性につながると思ったんです。
木原 それぞれの監督が5分で個性を競う『怪談新耳袋』。これは99話になるまで続けて、100話目はずばり『怪談新耳袋 第百話』というタイトルで劇場版をやれたら、という野望は持っています。さて、劇場版のオファーがあったら受けますか?
清水 はい。実は『エレベーター』の脚本を書いてる時、怖いことがあったんですよ。『呪怨2』の助監督が事務所に来たんですが、エレベーターの前で横向いて携帯で話してたら、誰もいないのにボタンが押してあったと。後で、誰も押さなくてもボタンがつくシステムだと分かったけど、そんなの関係なく怖い(笑)。
中山 僕もありました。編集やるから朝の10時に来てくれと言われて大阪から駆けつけたのに昼になっても始まらない。そしたら編集機がブレイクしていると。そういえば昨夜清水監督が「新耳袋」というタイトル文字をつくってたぞって。
――最後に3人の監督≠ゥら『怪談新耳袋』の魅力を教えてください。
中山 一本一本で見るとそれほど来ないと思うかもしれませんが、まとめて見ると来ます。そこは『新耳袋』と同じ。ですから第1夜と第2夜をまとめて見てください。必ず来ます。
木原 主役は怪異であるのか役者であるのか。役者が勝ったら怪談の負けだし逆もしかり。そのせめぎ合いがどうなるかが個人的興味の対象でした。結果、役者の知名度や個性に監督の伝えたい怪異が勝っていた。短いからこそ監督の個性が際立つ作品群になっています。
清水 5分、原作のポイントを押さえて何を入れ、何をそぐか。その規制が上手く働いたと思う。原作も規制によって無駄なものをそぎ落とすことで独自のテイストを出している。映像にする場合の規制も同じような効果を生んだ気がしますね。