横里 隆
(本誌編集長。「クラシックバレエを習い始めて2年超。遂に先月、発表会の舞台に立つ。死ぬほど緊張した」)

世界は不思議で満ちていて
それを知れば
人はもっと優しくなれる

ときどきテレパシーが使える(笑)。そう言うとヘンな目で見られるだろうが、限定した関係で妙に勘が当たることがある。人の思いの力はすごいもので、強く願ったり信じたりしてると、叶ったり形を成すことがあって、それと同じだと思っている。だから、あの世の存在も、あやかしたちの存在も、皆が信じていた時代には実在したのだと思う。本書はそんな頃が舞台。水と草木と犬と河童と竜と人魚と隣家のおかみさんと友の亡霊が同じ場所に棲んでいる。そこでは皆、己の立場をわきまえていて、ゆえに他者をそのまま受け入れる。世界は不思議で満ちていて、あらゆるものが不思議だから、そこには何ひとつ特別に不思議なことがない。そんな豊かな世界を僕たちはかつて持っていた。いや、本書を読めば今でもすぐにその世界に還ることができる。そこではもうテレパシーもいらない。


稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。)

たおやかに流れる時間
こんな世界に生きてみたい

深夜、編集部で仕事をしていると、書庫のほうでゴトッという物音が、そして人の気配が。おかしい、誰もいないはずなのに……。私だけでなく他の者にもこんな経験があるので、どうやらわが編集部には本の精が宿っているらしい。だったらいいなと思う性質なので、綿貫のように親友の霊が遊びにきたり植物の心情などを知ることができたらどんなに楽しいだろうと。それは、著者の筆致がたおやかで、「あちらの世界」(人間以外)のものに対しての謙虚な姿勢と親しみが感じられるからでもある。短いから余計にじっくり味わって読みたい一編一編である。


岸本亜紀
(本誌副編集長。主に怪談を担当)

幸田露伴や泉鏡花に
馴染んだ人にはおススメ

近江の国、琵琶湖らしき湖のほとりの和風の一軒家。移り住んだ駆けだしの文士・綿貫は、四季おりおりにやってくるあやかしにしっかり馴染んで暮らしている。この馴染むという点がポイントだ。そこにはユーモアがあり、自然への畏怖がある。この世とあの世という二項対立などという陳腐な世界観ではない。もちろん、それはほんの百年前に存在した共同体社会というものがあってこそ成立しうる世界観なのだが。これは幻想でなく、かつて日本の風土が生んだリアリズムなのだと思う。


波多野公美
(出版ニュースCLIPなど担当)

見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
(金子みすゞ「星とたんぽぽ」より)

読み終わってふと、みすゞの詩を思い出した(詩の内容は、昼間の星のことなどを歌ったものだけれど)。現代では特に見えにくくなっている(と思われる)人間以外のものと、語り手綿貫との、ときに怖く、ときにあたたかい交流。なかでも、山を回る間に成仏できない行き倒れの魂魄を背負い、そのうちどうしようもなくなり寺へ助けを求めてくる信心深い狸の話には、胸を打たれた(「ホトトギス」)。全体にほんわかとした話が多い中、切なさでぎゅうっと胸の奥をしぼられるような話がいくつかあり、それがまた、味わい深かった。見えないものがあることを、忘れないでいたいと思わせてくれる好著である。


関口靖彦
(ホラー・幻想小説、マンガ、映画を担当)

うつくしいもの、楽しいものが
つまった、玉手箱のような本

夏、濃緑の木々のあいだをわたってきた風の匂い。冬、雪の白さに映える南天の赤。四季のうつろいを、おりおりの草木を、これほどあざやかに封じ込めた本をひさしぶりに読んだ。さらにこの本では、うつくしい風物のなかに、不可思議なものどもがごくあたりまえの顔をして住まっている。陰惨さも仰々しさもなく、人も動植物もそれ以外のものも、静かに日常を営んでいる。あらゆるものが、それぞれにうつくしく楽しく暮らしている。この、アニミズムに通ずるすべてを肯定する感覚が、本書の根っこのほうに流れていると思う。何度でもひらいて愛でたくなる、ちいさな玉手箱のような本だ。


宮坂琢磨
(新加入した編集者。空気を吸うようにマンガを大量に読む)

物の怪の世界と現実世界の
中庸を歩む
癒し系ではない癒し

『家守綺譚』を読み終わると、なぜか心がホンワカと温かく、そして落ち着いた。これが“癒
された”状態なのだろう。軽快な文体で語られ
る、四季の移り変わりの美しさと、主人公・綿貫の“生き方”が『家守綺譚』の魅力である。物の怪の引き起こす怪現象に相対しても、引き込まれるわけでなく、かといって抗うわけでもなく、超然と自分のペースを崩さない。人間の器が大きいのだ。その安定感が、小さいこと、つまらないことに心を悩ませる自分に安定と落ち着きを与えてくれた。自分を見失いがちな人にお勧め。


矢部雅子
(進行管理 トクする20冊担当)

異界は
さりげなく優しくそこにある

百日紅は恋をし、飼い犬は河童と懇意になり、彼岸の友人は掛け軸を抜けて会いに来る。なんとも怪異なお話だが、それがすぅっと心地よく染み入ってくる。主人公「私」の暮らしの中では「あちら側」と「こちら側」の境は曖昧で、不思議なことを「ありえない」と否定することがないせいだ。ありえないと否定するより、受け入れるのは案外難しい。彼らと同じに、「そういうものです」「なるほど」と頷いてみれば、私たちのすぐ隣にその世界はあるのかも。そんな日常は本当よりも本当らしくて、それが本当でもなにも不都合はないんだものなぁ。とやわらかい気持ちになってくる。



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『冬の犬』
アリステア・マクラウド 
新潮クレスト・ブックス 1995円

あいまいさを
許さない極寒の島で

稲子美砂

表題作『冬の犬』を読み終えたときに思い出すのは、なぜあのとき自分はこうしなかったのかという苦い過去の記憶だ。役立たずの気性の荒いあの犬が、実は自分の命を救ってくれたのだと父に言っていれば、犬は殺されることなどなかっただろう。いや、なかったのだろうか。自然の厳しさは人間の判断にもそれを求める。そうやって失っていったものの記憶で、人は強くなり大人になる。

カナダの東のはずれにある、厳寒の島ケープ・ブレトンをおもな舞台にした短編集。生活の大半はまだ電化されていない時代、凍った海の冷たさや陽ざしのあたたかさを直に感じながら、人々はつましい暮らしを送っていた。飼い犬とともに冬の海に出た少年が、ふだんの生活と死がすぐそばに隣り合っていることを知る表題作ほか、家畜や海の生き物、そして数少ない人間の濃密な生と死が、まざまざと描かれる8編を収録する。

 

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