2001年10月25日〜27日 熊本・水上村〜宮崎・高千穂峡へ
聖地開発事業団:田口ランディ(団長)、森豊(記録係)、編集T(よろず方)
ゲスト:Mさん(熊本日日新聞)、Fさん(C書房)、Y山さん(スタイリスト)

熊本・阿蘇の麓にすごい水がある……超能力者・清田益章さんからきいた団長はさっそくリサーチをはじめた。しかしその結果勧められたのは焼酎で有名な球磨川の水源であった。水源に苦い思い出がある聖地巡礼事業団一同は一瞬ひるんだが、熊本日日新聞の記者Mさんの強力なサポートを受け、あれよあれよという間に一行は熊本入りしていた。なぜかお隣の県・宮崎の高千穂峡まで旅程に加わり、またしても強行軍の水源紀行の幕が開いたのである。宿泊先にMさんが選んだのは球磨川水源への登り口にほど近い水上村の民宿川原。本館と道を挟んだ別館番所はまだ木の匂いの清々しい建物だった。夜、地鶏の鍋を囲みながらお酒が入ると誰ともなく私生活や仕事の悩みを話しはじめる。皆が寝静まった広間で、団長はベトナム土産の口琴を取り出し「びょ〜んびょ〜ん」と不思議な音を立てていた。


阿蘇の麓、白川水源。水苔が繁茂する水底から気泡がかたまりになってのぼる。わき出す水と気泡に皆時間が経つのも忘れて見とれていた。 ↑毎分60トンの湧水量があるといわれる白川水源。それほど大きくはない池からわき出す水が水量豊かな流れを作っていく
↑高千穂峡でボートに乗る。さすがカヌーのりらしく、団長の(指揮下にある)ボートは岩のあいだを抜けてすいすいと上流にすいこまれて行った。この風景はいったいいつからあるのだろう? 天の岩戸神社から岩戸川を溯ること20分ほど、その上、八百万の神々が集会を開いたと伝えられる「天安河原(あまのやすかわら)」。賽の河原のような石積みが足の踏み場もないほど累々と。沢の音が洞窟に響く。
球磨川水源へののぼり口に位置する白水神社。水音こそ聞こえないが、いたるところに水の気配が濃厚に漂っていた。 渇水しているのか、干上がったダムの底に沈む集落のあとが見えていた。木造の建造物は朽ち果てて、家々の礎石や石碑だけが残る。時間の流れを否応もなく感じさせられる。
←足元という足元に苔がむす。水源地帯は空気全体がひそやかな水の匂いに満たされていた。
穴手尾の滝。 球磨川水源。「それほどきつくありませんよ」とのMさんの言葉とは裏腹に、「危険コース」と呼ばれるコースは一歩踏み外せば谷底に滑落しそうな……。

<次回更新日 4/20(土)>


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